スペインのバスケットボールのリーグが始まる。
1部リーグ(Primera División)はレアル・マドリードが初代王者に。
当初の参加チーム数はわずか6でした。
初代得点王は故アルフォンソ・マルティネス(1937-2011)、
マルティネスはスペイン代表としても146試合でプレー、1976年現役引退。
スペインバスケットボールクラブ協会(Asociacion de Clubes de Baloncesto)が発足。
当初はFEB(スペインバスケットボール協会)の選手権に参加したが、独自のプロリーグの設立に動く。
創設されたLiga ACBが開幕。
参加16チームが2組に別れてリーグ戦を2度おこなったのち、
プレーオフで優勝チームを決める変則方式。
参加チームは、レアル・マドリード、Arabatxo Baskonia(現・カハ・ラボラル)、
Filatelico Valladolid(現・バリャドリッド)、CAI Zaragoza、C.B. HOSPITALET、
エストゥディアンテス・カハ・ポスタル、LICOR 43、カハ・マドリード、F.C. バルセロナ、
Joventut Massana(現・ジュベントゥット)、El Club Baloncesto O.A.R. EL FERROL、
CACAOLAT GRANOLLERS、Peñas RECREATIVAS HUESCA、
Caja de Ronda(現・ウニカハ・マラガ)、EBRO MANRESA、CAFISA CANARIAS。
ロサンゼルス・オリンピックでスペインはファイナルに進出。
決勝の相手はマイケル・ジョーダン、パトリック・ユーイング、クリス・マリンなどのいるアメリカ代表、
結果96-65と敗れるも栄光の2位の座についた。 → スペイン代表メンバー(1984年スペイン五輪代表)
現在でもスペインで1番のバスケットボール雑誌『GIGANTES』が創刊、
現在はFacebookページなどWEBでも情報が充実している。
レアル・マドリードのフェルナンド・マルティンがスペイン人として初のNBAプレイヤーとなる。
ポートランド・トレイルブレイザーズで1シーズンプレーした。
ドラゼン・ペトロビッチがレアル・マドリードと契約(400万ドル)。
1シーズンのみプレーし、36ゲームで平均28.3得点(1,026得点)で得点王。
リーグ優勝はならなかったが、ヨーロッパ杯(現在のユーロリーグ)を制覇した。
翌年ブレイザーズはレアルに違約金(約150万ドル)を支払いペトロビッチはNBAに移籍。
欧州の巨人、アルビダス・サボニスがスペインのバリャドリッドと契約。
3シーズンプレーした後、レアル・マドリードに移籍し、さらに3シーズンプレーした。
地元開催となるバルセロナ五輪でスペイン代表は悪夢とも言える9位に終わる。
28年間HCを務めたアントニオ・ディアス・ミゲルは解任される。
大会期間は7月25日~8月10日。
ブラジルの英雄、オスカー・シュミットがバリャドリッドと契約。2シーズンプレーした。
プレーオフを含め71ゲームに出場、平均34.9分間プレー、28.2得点。
スペインだけで2,000得点を達成した。
トロントで開催された世界選手権の大会初戦となる対アメリカ戦でスペインは100-115と大善戦。
ジョルディ・ビジャカンパが28得点をあげ存在感をアピール。しかし結果は10位。
3つのリーグ・ACB(スペイン)LEGA(イタリア)LNB(フランス)がスペインのバレンシアでオールスター戦を開催。
ダンクコンテスト勝者はチャンドラー・トンプソン、準優勝はダレル・アームストロング(共にACBオウレンセ所属)
3Pコンテストの勝者はサシャ・ジョルジェビッチ(ボローニャ)、2位はデヤン・ボディロガ(ミラノ)だった。
スペインとイタリアは1992-93、1993-94シーズンにも共同でオールスター戦を開催していた。
1996-97シーズンよりLiga ACBは20チームから18チームに再編。
これによりEBA(地域別リーグ)だけだった下部リーグにLEBが誕生し、2部3部のリーグが整備された。
なかなかプレー機会がない若手スペイン人選手の経験の場として下部リーグ(全国リーグ)の形ができた。
スペイン代表ビッグマンでバルセロナのフェラン・マルティネスがギリシャリーグに移籍
パナシナイコスで2シーズンプレーした。
ギリシャで開催された世界選手権で5位。
アルベルト・エレーロスが大会得点王に。
フランスで開催されたヨーロッパ選手権で2位。
アルベルト・エレーロスは世界選手権に続き大会得点王に。
ポルトガルで開催された世界ジュニア選手権で優勝!!!
決勝ではファン・カルロス・ナバーロが27得点、6アシストを記録しアメリカを破る原動力となり、
同大会の最優秀選手賞も獲得。この時のメンバーは他にラウル・ロペス、アントニオ・ブエノ、
フェリペ・レジェス、パウ・ガソル(当時はシックスマンだった)など。大会期間は15日~25日。
ジュベントゥットのラウル・ロペスが若干20歳でレアル・マドリードに移籍、移籍金は200万ドル。
当時のスペインバスケットボール史上最高額の移籍金となった。
NBAのメンフィス・グリズリーズと契約したパウ・ガソルは、
2001年11月1日ホームでのデトロイト・ピストンズ戦でデビュー。
17分間で4得点4リバウンド1アシストという記録が残っている。
しかし2試合目で2桁得点、6試合目のLAL戦でダブルダブル(12得点12リバウンド)を記録している。
NBAのメンフィス・グリズリーズで初めてのシーズンをプレーしたパウ・ガソルは、
なんと外国人としては初となるNBAの新人王を受賞する。
スベティスラフ・ペシッチHC率いるバルセロナがリーグ戦、カップ戦、ユーロリーグの3冠達成!!
主なメンバーはデヤン・ボディロガ、ファン・カルロス・ナバーロ、サルナス・ヤシケビシウス、ナチョ・ロドリゲス、
ロベルト・ドゥエニャス、パトリック・フェメルリンク、アンデルソン・バレジャオ、ロドリゴ・デ・ラ・フエンテなど
2002-03シーズンまでは4番からの連番で試合ごとに背番号を決めていたが、2003-04シーズンから固定背番号制度となる。
例えばバルサのキャプテン・グリマウは44番をつけるようになった。
(以前であれば理論上23番などをつけるプレイヤーは存在しえなかった)
ユタ・ジャズ対メンフィス・グリズリーズ戦でラウル・ロペス対パウ・ガソルのスペイン人対決が実現。
試合は96対89でユタ・ジャズが勝利、ラウル・ロペスは23分間で12得点4アシスト。
パウ・ガソルは32分間で13得点12リバウンドでした。
ゲームにはジェイソン・ウィリアムス、マイク・ミラー(メンフィス)キリレンコ、アローヨ(ユタ)などがプレーしていた。
※ラウル・ロペスのNBAデビューは2003年10月29日
地元サラゴサで開催のU18欧州選手権でスペインは見事金メダル
大会MVPはセルヒオ・ロドリゲス。
Liga ACBは2004-05シーズンからオールスターゲームを廃止、シーズン開幕前にスーペルコパを創設
スペインの新スターであるリッキー・ルビオ。14歳11ヶ月24日でLiga ACBの対グラナダ戦に史上最年少デビュー。
ドラフト外でNBAトロントと契約したカルデロンがNBAデビュー。16分間で5得点3アシスト。
地元ハエンで開催されたU16欧州選手権でスペイン代表は金メダル。
最年少ながらエースのリッキー・ルビオは決勝で51得点24リバウンド12アシスト、もちろん大会MVPに輝いた。
さいたま世界選手権(世界バスケ)でスペイン代表が優勝。
男子のスペイン代表ではフットサルが2000年、2004年と連覇の他、ハンドボールが2005年に世界一になっている。
※サッカーのスペイン代表は2010年に初のワールドカップ制覇をなしとげている。
ドラフト外でNBAトロントと契約したホルヘ・ガルバホサが11月1日NBAデビュー、カルデロンと共にプレーした。
またドラフト27位指名のセルヒオ・ロドリゲスは11月3日にNBAデビューした。
2002年にドラフト指名されていたナバーロがついにNBAの舞台でプレー。
当時はまだパウ・ガソルがチームにいたが、シーズン中に移籍してしまう。
またマルク・ガソルも入団前の状態だった。
ナバーロは82試合で平均25.8分間10.9得点2.2アシストという記録を残した。
メンフィス・グリズリーズでオールスターにも出場したパウ・ガソルがロサンゼルス・レイカーズに移籍した。
北京五輪スペイン代表の親善試合対ポルトガル戦でリッキー・ルビオがフル代表デビュー。
17歳8ヶ月28日という年齢は史上3番目の若さでの代表デビューとなる。
カルロス・セビリャーノ(17歳3ヶ月11日、1958年)
ファン・アントニオ・コルバラン(17歳8ヶ月24日、1972年)
前年にドラフトされていたマルク・ガソルが10月29日NBAデビュー、いきなりダブルダブルを記録した。
またルディー・フェルナンデスも10月28日にデビュー、29分間で16得点を記録した。
リッキー・ルビオに注目が集まった2009年のNBAドラフト、ルビオは5位でミネソタに指名された他、
同22位でバレンシアのビクトル・クラベールが、同34位でレアル・マドリードのセルヒオ・リュルが指名された。
ジュベントゥットのリッキー・ルビオがF.C.バルセロナに移籍、移籍金は370万ユーロ。
移籍金の国内史上最高額となる。
ポーランドで開催されたヨーロッパ選手権でスペイン代表が優勝。
怪我で大会欠場のカルデロンとパウ・ガソルも大会直前まで怪我で合流できない中での金メダル。
スペイン代表HCスカリオーロが指揮するヒムキ・モスクワに2人のスペイン人選手が加入しプレーした。
また前シーズンである2008-09シーズンには同チームでホルヘ・ガルバホサもプレー。
Liga ACBがスペインの電力会社Endesa(エンデサ)とリーグのネーミングライツ契約を結びLiga Endesaが誕生。
ACBとEndesa社との契約は4年契約2年のオプション付き、総額6年で3,050万ユーロという大型契約。
U20スペイン代表は男女ともにU20欧州選手権で金メダル、女子はU19世界選手権でも銀メダルを獲得。
U18欧州選手権は男子が金メダル、女子が銅メダル。U16欧州選手権では男子が銅メダルで女子が金メダル。
リトアニアで開催されたヨーロッパ選手権で優勝、スペインは2連覇。大会MVPのナバーロは、
準々決勝スロベニア戦で26得点、準決勝マケドニア戦で35得点、決勝のフランス戦でも25得点をあげた。
またこれによりロンドン五輪への出場権を獲得した。
ロックアウト問題も解決して、ついにリカルド・ルビオ・ビベスがNBAデビュー。
21歳2ヶ5日でNBAのコートに立った。
ホームでの開幕戦では26分間で6得点6アシスト5リバウンドを記録した。
プロリーグとして誕生したACBが30周年の節目を迎える。
U18スペイン代表はドイツのマンハイムでのジュニア国際大会を無敗で優勝!!
これは1998年の黄金世代の金メダル以来、14年振りの大会制覇です。
エルナンゴメスとジョゼップ・ペレスが大会ベスト5に選出された。
スペインで世界選手権が開催される







